映画 終戦80年企画映画『ジョニーは戦場へ行った』

INTRODUCTION

赤狩りによりハリウッドから追放されるも、『ローマの休日』『黒い牡牛』『スパルタカス』など脚本家として多くの名作を生み出し、2015年には彼をモデルにした映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』も公開されたダルトン・トランボ。彼がアメリカの軍歌でも使われた志願兵募集の宣伝文句“Johnny Get Your Gun”のパロディをタイトル(原題)に据え、第一次世界大戦時に身体のほぼ全ての器官を失った青年兵士の視点から戦争の闇を暴いた反戦小説「ジョニーは戦場へ行った」。第二次世界大戦直前の1939年に発表し物議を醸した問題作を、ベトナム戦争中の1971年にトランボ自らの脚本・監督で映画化。第24回カンヌ国際映画祭®で審査員特別グランプリほか三冠に輝き、日本でも1972年度芸術祭大賞を受賞した戦争映画の名作が50年以上の時を経て4K版日本初公開。

STORY

ジョーが目を覚ますと、病院のベッドの上に横たわっていた。第一次世界大戦下、志願してヨーロッパ戦線に出征したアメリカ兵の彼は、砲弾により目、鼻、口、耳を失い、運び込まれた病院で両腕、両脚も切断。首と頭がわずかに動き、皮膚感覚だけが残ったが、姓名不詳の<407号>と呼ばれ、軍部の実験材料として生かされる。鎮痛剤を打たれ意識が朦朧とする中、ジョーは想いを巡らせる。最愛の恋人カリーンとの出発前の一夜、釣り好きだった父親と過ごした日々…。
原作・脚本・監督:ダルトン・トランボ「〔新訳〕ジョニーは戦場へ行った」(角川新書/KADOKAWA刊)
製作:ブルース・キャンベル 撮影:ジュールス・ブレンナー 編集:ミリー・ムーア
出演:ティモシー・ボトムズ キャシー・フィールズ ジェイソン・ロバーズ ダイアン・ヴァーシ ドナルド・サザーランド
1971年/アメリカ/112分/カラー・モノクロ/ビスタ/字幕翻訳:高内朝子
配給:KADOKAWA ©ALEXIA TRUST COMPANY LTD.
映画 終戦80年企画映画『野火』

INTRODUCTION

自身のフィリピンでの戦争体験を基にした大岡昇平による戦争文学の最高傑作「野火」は1951年に発表され、第3回読売文学賞・小説賞を受賞。第二次世界大戦下、フィリピンのレイテ島を舞台に、病魔に侵された中年兵士が飢餓と孤独に苦しんだ末、目の当たりにした陰惨な戦場を描く。監督は『ビルマの竪琴』『東京オリンピック』『犬神家の一族』などの市川崑。脚本・和田夏十とタッグを組み1959年に念願の映画化。映像美の巨匠・市川崑が戦争における人間の真の姿を映し出した本作は、第33回キネマ旬報日本映画ベスト・テンほか国内だけなく海外でも高い評価を受け、第14回ロカルノ国際映画祭®グランプリ、ハンブルグ映画祭優秀映画賞、バンクーバー国際映画祭カナダ映画協会賞を受賞。2014年には、塚本晋也監督の同名作も公開され大きな話題となった。

STORY

第二次世界大戦末期、フィリピンのレイテ島。日本の敗北が濃厚な状況下で、肺病を患った一等兵・田村は部隊から追い出され、病院からも食糧不足を理由に入院を断られる。病院の前で、田村は同じく厄介者として見放された若い兵の永松、足の負傷で歩けなくなった中年兵の安田と出会う。病院が襲撃され、一人逃げた田村は、飢えに駆り立てられるように熱帯のジャングルを彷徨う。途中、別の部隊に同行するが、米軍の一斉砲撃により他の兵士たちは全滅し・・・。
監督:市川崑 原作:大岡昇平「野火」(角川文庫/KADOKAWA刊)
脚本:和田夏十 撮影:小林節雄 音楽:芥川也寸志
出演:船越英二 ミッキー・カーチス 滝沢修
1959年/日本/105分/モノクロ/シネマスコープ ※2022年のデジタル修復によるマスターです。
配給:KADOKAWA ©KADOKAWA 1959

COLUMN

『ジョニーは戦場へ行った』が日本公開された時、僕は中学生でした。映画館で、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けたことをはっきりと記憶しています。キリストと呼ばれる男が、電車から身を乗り出し、泣くように風に揺られているシーンは、今でもありありと思い出すことができます。
「戦争の悲惨さ」と、一口で言うことは簡単ですが、それが見事に作品として昇華されていて、反戦映画でありながら、サスペンス仕立てのエンタテインメント性さえ含んでいることに唸ります。
『野火』は、昔、ビデオで見ました。船越英二さん演じる兵士の存在感に圧倒され、市川崑監督の映像の力に引き込まれ、芥川也寸志 さんの音楽に感情を引きずり回されました。
全編に緊張感がみなぎり、まったく、息つく暇もない作品でした。
50年以上前に作られた『ジョニーは戦場へ行った』も、65年以上前に作られた『野火』も、今もなお、激しいインパクトを持つということに激しい衝撃を受けます。
戦争がどんどん身近になればなるほど、この二つの作品は、存在感を増すのだと感じます。多くの若い観客と出会うことを希望します。

鴻上尚史(作家・演出家)



化石化した骨を通して世界を見つめる
もはや誰と戦っているのか何と戦っているのかもわからぬままただジャングルをさまよい続けるばかりの『野火』。爆撃によってほとんどの肉体を失い意識だけと言ってもいい存在になった男の病室が舞台となりその男の独白で進む『ジョニーは戦場へ行った』。もはやジャンルとしての「戦争映画」からははるかに遠いこの2本の戦争映画が語るのは、ここに映るこの異様な光景こそがわれわれ人間の姿なのではないか、ということである。動物化した肉体と身動き取れない意識の絶望。それを戦争の悲惨さという言葉で語るのはあまりに人間的過ぎる。この2本の映画の感情を排した医学的で観察的な視線が、その異様さを増幅させる。
だからそれは人間の究極の姿の永遠の標本として、乾いた尺度を持つことになる。化石化した骨からそれが生きていた姿を描き出すように、目の前に広がるこの世界をこれらの映画を通して観ることで、われわれはこの世界の姿を認識し直すことになるだろう。国家間の戦争だけではない。企業間の抗争、アカデミズムの覇権争い、異教徒たちの諍い、人種差別……。そんな現実に蝕まれ続けるわれわれのグロテスクな姿がそこから浮かび上がるはずだ。だからこそ、D.クローネンバーグやD.リンチ、J.カーペンターやG.A.ロメロといった「ホラー作家」たちがこれらをリメイクしたらどんなことになるだろうと思ったりもするのである。いや、彼らの作品のいくつかはすでにこの2本のリメイクだったのではないか? 「The horror ! The horror !」というセリフで終わる『地獄の黙示録』もその1本でもあるだろう。

樋口泰人(映画批評家)



「ジョニーは戦場へ行った」・・・・少年時代、この映画を観た衝撃は今も忘れることができない。第一次世界大戦時、ジョーという若者は戦場で手足や目や口を一瞬で失った。現在をモノクロ、過去をカラーで描く手法が鮮烈だった。ベッドの上で暴れる彼が、その身体で必死にモールス信号を打つクライマックス。看護師がそれに気付き、彼は外の世界と会話する手段を得るのだが。戦争映画にハッピーエンドなど許されるはずもなく。父親が大事にしている釣り竿を失くした時、父は息子に優しかった。そんな彼の些細なエピソードが今も忘れ難い。市川崑監督の「野火」。この映画をスクリーンで観たのは海外の映画祭だった。エジンバラだっただろうか。太平洋戦争時捕虜生活を体験した大岡昇平の原作を市川崑が監督した作品。極限状態の中でヒトの肉にまで手を出す兵隊たちが描かれる。戦場に送られる者たちに敵も味方もない。理不尽な戦闘を強いられる犠牲者だ。生前市川監督に戦時中の話を伺う機会があった。脊椎カリエスで兵役を免れた市川青年はディズニーの「ファンタジア」を観て、こんなものを作れる国に勝てるわけがないと思ったといい、終戦を迎えた日、これでやっと普通に映画が作れると嬉しくて仕方がなかったという。そんな話を伺い、もし自分も戦争に巻き込まれたとしても、こう思える市民でありたいとつくづく思ったものである。時代は21世紀になったが、今もなお戦争は止まない。

岩井俊二(映画監督)



市川崑監督の『野火』も『ジョニーは戦場へ行った』も十代の時に初めて観て、強い衝撃を受けた。その後も心に残り続ける2本だ。
多くの戦争映画がある中、なぜこの二本が強く印象に残ったのか。それは、戦争を、自分たち一般人の個の目線で描ききったところだろう。戦争を武勇伝として描く映画や涙を誘う映画は多くあるが、こうまで空恐ろしく、戦争が個人の肉体や精神に強い影響を及ぼす様を描いた映画は多くはなかったと思う。
『野火』は、ヒロイズムとはほど遠く、戦場で起こる一兵卒の生々しい状況やそこに起こる感情を描いた。私が作った映画『野火』は、原作でも描かれた広大で美しいフィリピンの自然とそこで生きる泥だらけの兵士たちの対比を描いたが、市川崑版では、コントラストの強いモノクロの迫力ある映像で、風景よりも、戦場に蠢く飢餓状態の兵士たちの内面にカメラを向けた。今回美しい映像で蘇り、大きなスクリーンで見られるのはたいへんにぜいたくなことだ。『ジョニーは戦場へ行った』は昔見たきり、その後観る機会はなかったが、やはり強烈な印象を残した。未来のある若者(映画は自分ごととして逃げ場がない描写だった)が、意識以外の全てをなくす物語はこの上ない恐怖だった。今、世界は恐ろしい戦争への足音が響き始めているように思える。そんな中、実際に戦争にいくのは戦争を始める人々でなく我々一般人だ。この2つの、一般人の目線で描いた映画を今このときに観るのは、とても重要なことである。

塚本晋也(映画監督)

DIRECTORS

ダルトン・トランボ
DALTON TRUMBO
アメリカの脚本家、映画監督、小説家(1905-1976)。1936年、映画の脚本家としてデビュー。1940年代に起こった赤狩りにより政治的迫害を受けるも偽名で脚本の仕事を続け、『ローマの休日』『黒い牡牛』『スパルタカス』などの名作を生み出した。1939年に発表した自身の小説の脚本・監督を務めた『ジョニーは戦場へ行った』が1971年公開。
市川崑
KON ICHIKAWA
映画監督(1915-2008)。18歳の時に京都J.Oスタジオでアニメーター助手として映画制作のキャリアをスタートさせ、2008年に92歳で亡くなるまで、生涯現役で映画に情熱を注ぎ数多くの作品を生み出した。メロドラマ、コメディ、文芸作品、実験的映画とジャンルにとらわれることのない幅広い創作、独特な切り口、鋭い映像感覚が市川作品の特徴。